① 塩作りの話 4 塩作りの順序
どんな伝承か
行徳の塩田は中場の先(いまの行徳ハイムのあたり)から始まり、しだいに海のほうへ広がったという。陸側には江川という水路があり、その隣に堤防があって妙典場や新田場と呼ばれた。江川は石炭を積んだ舟が通れる深さに掘られ、塩場へ行く所にはどこも橋が架かっていた。塩田には十間ほどの間隔で溝があり、海中の「みよっ掘り」は塩場師が掘ったものである。暑い時期に塩田が乾くと、溝から潮水を玄蕃という桶に汲み柄杓で撒く。砂が黒く上がれば塩分が多く、白ければ塩が取れない。黒く上がった砂を塩場笊に入れ潮水をかけて鹹水を落とすのが「垂れ前」で、多く垂れる日と砂を干すだけの楽な「まび」を一日おきに繰り返した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年))
『市川の伝承民話 第2集』は、市川民話の会が昭和五十六年に発行した民話資料集である。千葉県市川市の曽谷・宮久保・下貝塚と行徳の古老から聞き取った、狐や狢に化かされた話、火の玉、伝説、昔話、唄、暮らしの禁忌や苦労話を、方言を残した語り口のまま記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部を地区別に並べて各話の末に話者と記録者を記し、巻末に語り手の紹介、話者と採訪者の名簿、採訪記、あとがきを付す。