終戦前後の塩作り
どんな伝承か
山田良治が塩の話を語り出す。もとは東京の日本橋にいたが、小学校四年のとき、集団疎開と縁故疎開のあった時代に、母親の出である行徳の塩焼、いまの本塩へ縁故疎開した。世話になったのが秋元商店の家である。塩作りに関わったのは昭和二十二年ごろで、当時は人手が足りなかったのか、まだ中学に上がったばかりの自分がアルバイトのように駆り出されたのだという。
原典より
長いあの前のこれ、塩の話も昔の事ですから、私まあアルバイトにねえ、当時はなんでしょうね、人いなかったんでしょうかあ。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成11年刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成11年刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第7集』を全143話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。