兵隊の宿舎になった行徳の小学校
どんな伝承か
住まいは本塩の二の十五で、大きな家だったので部屋割りをして親戚三軒ほどが一緒に住んだ。昭和十九年ごろ、その家の祖父が昔塩をやっていたということで軍隊に呼び出された。同じころ、行徳の小学校、いまの市役所支所や消防署の隣にあたる場所へ、山田良治は東京から転校してきた。ところが戦争が激しくなって兵隊と軍馬が来るようになり、教室が全部宿舎にされたため、子どもたちは近所の寺や工場の空いた所へ通わされたと語る。
原典より
ええ、で、住まいは本塩の二の十五ってところにね、ここであのう私たち疎開して来ましてねえ。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1999年(平成11年))
『市川の伝承民話 第7集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十一年に発行した民話資料集である。平成四年度から六年度にかけて市川市の柏井・須和田・宮久保・原木・稲荷木と国分高校ほかで行った採訪の聞き書きを、話者の息継ぎや方言を残したまま収める。世間話・伝説・昔話・唄と諺・年中行事・生活譚・現代若者の学校話の七部に分け、巻末に話者紹介と会員の採訪記、あとがきを付す。