本家を嵐から守る位置に建つ綿屋の分家
どんな伝承か
下貝塚の自治会長を務めた話者の家は、屋号をワタヤ(綿屋)といい、本来の名はマタエモン(又右衛門)である。本家マタベから分かれた家だが、一ヘクタールほどの土地では暮らしが立たず、先祖が綿の打ち返しを営んだことから綿屋と呼ばれるようになったらしい。綿打ちをしたのは初代だけで、話者で五代目になる。分家が本家の南側に出て家を構えたのは、南風の嵐から藁葺きの本家を守るためで、前には大木がたくさん植わり、地盤も本家より一尺ほど高くしてあるという。
原典より
9 マタベエ10 エドヤ(1)~(8)11 タテバからセンベヤへ12 外卵塔13 ホシッパタ14 井戸15 飲み水16 エエとスケ17 エエッコ—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。