行商人が昼を取った立て場から煎餅屋へ
どんな伝承か
話者の家はセンベヤと呼ばれるが、その前は立て場、今でいう茶店を営んでいた。自転車もない時代、行徳から天秤を担いで歩いてくる行商人がちょうど昼時にここへ差しかかるので、煮物や揚げ物を出して昼をとらせた。行商人は大柏の方へ上って行き、帰りにもまた立ち寄ったという。やがて杵で搗いた生地を空き地で伸ばし、手焼きの煎餅を作るようになり、呼びやすいセンベヤの名が残った。戦争が近づいて米が統制されるころまでは焼いていたと話者は覚えている。話者で四代目にあたる。
原典より
12 外卵塔13 ホシッパタ14 井戸15 飲み水16 エエとスケ17 エエッコ18 源蔵梨19 越後の毒消し売り20 目下をいうことば—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。