しじみが取れた衣川と耕地整理
どんな伝承か
平田のあたりは千葉街道をはさんで北側が畑、南側は水田で、ところどころが畑だった。作ったのは梨、梅、桃、それに少しの葡萄である。平田は昔は市川町で、衣川という川が流れ、山から湧く清水が流れて蜆がとれた。今の国鉄の上にも川があって貯水池、ため池になっており、それで水田を作っていた。真間川である。明治には耕地整理があり、小さな田をいくつも三百坪に切ったとき、川が新しくできた。真間川から駅のそばへ流れる川は今は暗渠になっているが、市川新田を通るきれいな川で、鮒や鯉がいて子どもが遊んだという。
原典より
3 舟のこと4 馬車5 大正六年の津波6 関東大震災8 共同組合9 農地改革11 諏訪神社—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。