梶川与惣兵衛と岡本家
どんな伝承か
忠臣蔵で殿中の取り締まり役を解かれた梶川与惣兵衛は、行き場を失い、名主だった岡本家の先祖のもとに身を寄せたという。肌着を残し、自分が死んだら太鼓の霊場である唱行寺に墓を作ってくれと言い残して立ち去り、以後岡本家では代々、彼の鎗と裃を着けて命日に墓参りをしていたと話者は語る。柏井小学校前の道も、この墓参りのために作られたものだと伝えられている。
原典より
――前に植草博一さんからおうかがいしたんですけど、江戸時代の忠臣蔵に出てくる梶川与惣兵衛ですか、岡本さんと何か関係があるんですか?関係ですか、その当時うちの先祖が名主か何かしていたんじゃないでしょうか。—— 市川の伝承民話 第7集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成11年刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第7集(市川民話の会・市川の伝承民話・平成11年刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第7集』を全143話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。