将門の影武者を見破った御代の前
どんな伝承か
市川市菅野に御代の院と呼ばれる祠がある。平将門の乱のとき、市川市大野に将門の砦があった。藤原秀郷は討伐の軍を進めたが、将門はよく似た影武者を何人もそろえていて見分けがつかない。大野の近くの名門菅野氏は討伐に協力しており、その美貌の妻御代の前は砦の近くに住むうち館に入って将門の寵愛を受け、影武者は七人いること、将門はこめかみがよく動くことを夫に知らせた。秀郷は二月十四日夕方、帰る馬上の将門のこめかみを射て乱を鎮めたという。のち菅野夫妻は庵を結んで将門の菩提を弔い、人々は夫妻をまつって御代の院と称した。
原典より
平将門の乱のとき、市川市大野に将門のとりでがあった。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。