西行寺
どんな伝承か
西行はもと北面の武士で、妻の呉葉の前と睦まじく暮らしていたが、世の無常を感じて出家し諸国を行脚した。残された呉葉の前は二人の子も病で失い、悲嘆のうちに旅立ち、安房の船形にたどり着いて恵心堂で念仏三昧の日々を送ったのち、この地で一生を終えた。村人は塚を築き柳を植えて柳塚と呼び、後にこの地を訪れた西行が妻の最期を知って菩提を弔い、お堂を修復して西行寺と改めたと伝わる。
原典より
この寺は初め恵心僧都が開基し恵心堂と呼ばれたが、時経て荒廃していたところを西行法師により再興されたので西行寺といわれるようになったという。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。