さつの墓
どんな伝承か
浄瑠璃『加賀見山旧錦絵』のお初のモデルとされるさつは、松平周防守康豊の江戸藩邸で主人の側女みちが草履を履き違えたことで責められ自害した事件を受け、みちの仇である局の沢野を刺して復讐を遂げた。その後江戸牛込清隆寺の日遵に帰依して剃髪し妙真と名乗り、日遵が下総多古の中村妙興寺に入った縁で多古へ移り、寺の傍らの庵で読経三昧のうち六十八歳の生涯を終えたという。
原典より
香取郡多古町中村の妙興寺に、時代物浄瑠璃「加賀見山旧錦絵」のお初のモデルであるさつの墓がある。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。