弟が身代わりに討たれた仇討ち
どんな伝承か
為永派の戯作者として少し知られた老人の話だという。書生の山名道太郎が十一年前の恥辱を晴らすとして討ち果たした西本義直は、実は義直本人ではなく、その弟の義次だった。義直は道太郎の母藤江を殺して甲府を逃れ、上州へ落ちて幕府の脱走兵と組み、官軍の及ばない村々で強盗まがいの振舞いをし、「関東都督」と書いた旗を立てて裁きの真似事までしていた。明治になって東京へ戻り、向島に家を構えると、同じく脱走していた弟が訪ねてきて兄を脅した。義直は弟に家と自分の名を譲り、自らは弟の名を名乗って離屋に隠居する。そのため復讐の刃を逃れ、明治二十二、三年ごろまで生きた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。