家光を落馬させた土橋下の地蔵
どんな伝承か
三代将軍徳川家光が高田馬場へ野がけに出た道すがら、早稲田村にさしかかったところ、乗っていた馬が突然いなないて棹立ちになり、家光は鞍から振り落とされた。供の役人たちは、これほどの乗り手が落ちるとは腑に落ちぬとして、村人を集めて周辺を探らせた。すると曇川に架かる土橋の下から地蔵が一体現れた。家光はこれに落馬地蔵尊という名を与え、堂を建てて手厚く祀らせたという。この地蔵は戦前まで等身大の大きなものだったが、戦災で壊れ、今は別の像が据えられている。
原典より
時代 江戸時代 寛永三年(一六二六)四月三代将軍徳川家光は、高田馬場へ野がけに出かけた。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))
『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。