供養塚に葬られた富豪鈴木九郎
どんな伝承か
戦国のころ、喜久井町にあたるこの地に鈴木九郎という富豪が住み、仏門に入って暮らし、永享十二年に世を去ったと伝わる。かつてこのあたりを供養塚町と呼んだのは、仏を供養するための塚があったからで、そこが鈴木九郎の墓のあった場所だという。九郎は信仰があつく、高田から大久保にかけて百八の塚を築いたともいわれる。もっともその百八塚は古い古墳群であろうとされ、供養塚の鈴木九郎を、淀橋や十二社に伝わる中野長者鈴木九郎と結びつけるために生まれた話ではないかとも疑われている。
原典より
時代 戦国時代永享(一四二九 四○)のころ富豪の鈴木九郎という者がここに住み、仏門に入って生活をし、永享一二年に死去した。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))
『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。