鷹の名で呼ばれ直された遊女の松
どんな伝承か
かつてこのあたりに寂光寺という寺があり、境内には遠くからも望める霞の松と呼ばれる松がそびえていた。寛永のころ、三代将軍家光がこの近くへ鷹狩りに出た折、遊女という名の鷹が機嫌を損ね、この松にとまったまま降りてこなかった。家光も家来たちも手を焼いたという。以後、鷹の名を取って霞の松を遊女の松と呼びかえるようになった。松のそばには奥州街道が通り、その脇を渋谷川が流れていた。堤の名残は天保のころまで残っていたといい、松そのものは昭和の初めまであったという。
原典より
時代 江戸時代 寛永(一六二四 四三)のころ寂光寺という寺があった。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会)
新宿区教育委員会編『新宿と伝説』を全62話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。