頼朝軍が勢ぞろいした甘泉園
どんな伝承か
戸塚町一丁目、旧高田馬場跡から甘泉園にかけての一帯は、治承四年(一一八〇)、石橋山の合戦に敗れた源頼朝が房総へのがれ、千葉から勢力を盛り返して隅田川を渡り、この地に来て軍勢を整えて出発したところだといわれている。甘泉園にはこんもりとした森があり、頼朝はそこに三島明神を勧請して建て、三島山と名付けたと伝わる。その山の下に泉地があり、江戸名所図会には「山吹の井」として載る。茶に適するところから甘泉といわれ、これが甘泉園という地名の由来になった。またこの泉は、頼朝が馬の足を冷やしたところでもあると伝えられている。
原典より
場所 戸塚町一丁目 旧高田馬場跡から甘泉園にかけての一带時代 鎌倉時代治承四年(一一八〇)高田馬場跡一帯は、源頼朝が石橋山合戦で破れてから、房総にのがれ、千葉から勢力を盛り返して隅田川を渡り、この地にきて、軍勢を整えて出…—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会)
新宿区教育委員会編『新宿と伝説』を全62話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。