一周して倒れた内藤清成の駿馬
どんな伝承か
徳川家康が江戸城へ入った日のことである。家康は関東奉行で城主の内藤修理亮清成を呼び、お前の馬が一息で回れるだけの土地を与えようと告げた。清成はすぐさま白馬にまたがり、新宿御苑内の二丁目通用門近くにあった榎の大木を中心にして駆け出した。馬は一周し終えると滝のような汗を流して倒れ、まもなく死んでしまったという。家康は約束どおり、回っただけの土地を清成に与えた。その領地は西は代々木、南は千駄ヶ谷、北は大久保、東は四谷までに及ぶ広大なものであった。倒れた馬を葬った所は俊馬塚と呼ばれ、のちに内藤町の多武峯神社とともに移されたと伝わる。
原典より
場所 新宿一丁目 新宿御苑内時代 江戸時代 天正一八年(一五九○)九月一八日徳川家康が江戸城入りの日のことである。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))
『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。