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わが子を手にかけた成子坂の父

所在地東京都新宿区(成子坂)
年代江戸時代(年代不詳)
登場中野奥の貧しい百姓とその一人息子
出典新宿と伝説

どんな伝承か

成子坂は鳴子峠とも呼ばれ、人通りの絶えた寂しい坂だったという。中野の奥に住む貧しい百姓が、江戸へ奉公に出した一人息子の帰りを控え、土産の一つも用意できないことを苦にした。夕闇にまぎれて坂に立ち、通りかかった旅人を手にかけて財布を奪う。ところが家で中を検めると、それは息子に持たせてやったものだった。父はわが子を殺したと知って嘆き、みずから命を絶ったと伝わる。里人は親子をあわれみ、供養のために地蔵を刻んで祀った。今も成子天神社の入口の斜め向かいに、子育地蔵とも呼ばれる等身大の石像が立つ。

原典より

場所 柏木一丁目 成子坂南側時代 江戸時代(年代不詳)成子坂は、鳴子峠と呼ばれてそれはそれは寂しいところであった。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))

『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。

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