高滝領を囲む養老のさくの由来
どんな伝承か
市原郡の旧高滝領地方には養老のさくという呼び名がある。市原村の潤井戸や市原、八幡、五井、姉崎などの海辺の地、犬成、草刈、古市場、奈良の地を除き、島野、海士有木、池和田のあたりから高滝領の周辺にかけての土地をこう呼ぶといい、さくとは左右に柵を囲った地を指すのだと口碑に伝わる。おそらくは「里見軍記」や「房総治乱記」に見える、里見氏の家臣の居所の柵の跡が残ったものであろうという。「里見軍記」の永禄六年十月二十日の条には、市原郡の養老の城に里見義弘の家臣多賀越中守が在城したと記されており、柵はその頃に築かれたものと考えられている。
原典より
養老のさくとは、市原郡海邊の地又は北の方潤井戸(今の、市原村の地。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。