大治二年に始まった千葉妙見祭の三百匹の馬曳き
どんな伝承か
妙見縁起の記すところによると、この祭が初めて行われたのは千葉常重の代、大治二年七月十六日のことであり、御供の初めは常胤の代、すなわち治承四年であるという。南北朝時代に成った宗長の「袖の下」は、この祭について、その夜の祭の激しさ、馬の足の長きこと、千葉の町の妙見の社の前での祭のさまを記し、十四日・十五日は千葉介常胤の祭として三百匹の馬曳きがあり、十六日は馬の神楽が夜に入るまで続いたと述べている。これは嘉暦元年のことで、当時は相当に盛んであったと思われる。三百匹の馬を出すのは、常胤の軍に妙見の援助のしるしがあったことに始まると伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。