五畿七道を測って日本全図を作った伊能忠敬
どんな伝承か
伊能忠敬、字は子斉、伊能氏、号は東河、通称は三郎右衛門、のち勘解由。南総武射郡小堤村の神保貞恒の三男に生まれ、北総香取郡佐原村の伊能家を継いだ。家産は荒れていたが、朝夕倹約に努めて立て直し、天明三年と同六年の飢饉には私財を出して近郷の村落まで救った。かねて星暦の学を好み、寛政六年、家産を子の景敬に譲って江戸に出、高橋東岡に西洋暦法を学んだ。寛政十二年庚申閏四月の北陸道・蝦夷地測量を皮切りに、十八年をかけて五畿七道の僻地まで踏破して測量し、文化十四年四月に江戸府内図を成した。のち輿地全図と度数譜・行程記が成り、その九月四日に没した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。