日朗菩薩
どんな伝承か
日朗は千葉氏の族、平胤継の子で、野田の野手の地に生まれたということである。幼名を吉祥丸と呼び、のちに日蓮の弟子となって日朗と称し、筑後房と号した。日蓮門下の六老僧の第二にあたる。日蓮の遺状を捧げ、昼夜を分かたず馳せて佐渡に到ったことは、あまりに有名な事実である。元応元年正月二十一日、年七十八をもって鎌倉に寂した。日蓮宗の開基として、日朗菩薩の号を追贈せられた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・大正~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 下総の巻』を全179話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。