片目の蛇が現れた綾瀬川の堤
どんな伝承か
足立区花畑と対岸の八幡村のあいだを流れる綾瀬川は、たびたび出水に悩まされた。幕府直轄の南岸は堤が堅固だったが、対岸の備えは粗末で、享保のころの長雨に八幡村の堤は決壊寸前となる。名主の新八は幕府側の堤を切って水を逃がそうと夜陰に川を泳ぎ渡ったが、役人と百姓に見つかり、片目をえぐられてなぶり殺しにされ、亡骸は川へ投げ込まれた。母は蛇に生まれ変わって恨みを晴らせと叫び、みずからも川へ身を投げた。以来、堤に片目の蛇が現れ、通行が絶えたという。将軍吉宗が憐れんで与えた金で架けたのが蛇橋だと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸動物民話物語(窪田明治・江戸時代~明治時代の民話を記録した著作(推定20世紀初頭))