三人の娘に返された振袖と大火
どんな伝承か
明暦三年正月十八日、本郷の本妙寺あたりから出た火は強風にあおられ、二日にわたって江戸の大半を焼き、十万余の死者を出した。この大火が振袖火事と呼ばれるのは次の因縁による。麻布の質屋の娘梅野は、上野山下ですれ違った寺小姓の面影が忘れられず、同じ模様の振袖を作らせたまま焦がれ死んだ。棺を覆った振袖は寺に納められたが、住職が売り払うたび次の娘の葬儀とともに戻り、三年で三人の娘が十七で死んだ。恐れた住職が親たちを施主として境内で焼くと、竜巻が起こって火のついた振袖が本堂の上へ舞い上がったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸動物民話物語(窪田明治・江戸時代~明治時代の民話を記録した著作(推定20世紀初頭))