大空襲の炎と闘った庭の椎とつつじ
どんな伝承か
母たちが結婚して家を建てた大正中頃、池袋の近くには田んぼもあり、武蔵野の面影が色濃く残っていた。家を建てるとき、祖父が防火のためにと家の周囲に椎の木を五〇本とつつじをたくさん植えたという。物心つく頃には椎は三〇本余りに減り、つつじは庭一面に咲きほこって親類が花見に来るほどだった。やがて東京大空襲の夜、池袋の方から明治通り沿いにものすごい勢いで火の流れが襲ってきた。私は庭の真中のつつじの下に紙に包んだ食器を置き、父と妹と三人で家を離れた。朝帰ってみると母屋もアトリエも離れも焼け落ちていたが、反対側の隣家はそっくり残り、置いた食器は包み紙がわずかにキツネ色に変わっただけであった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 9 (木霊・蛇)(松谷みよ子・現代民話考・昭和〜平成)