片平丁の長沼家に及んだ法印の妄執
どんな伝承か
栄存法印が江ノ島で呪いながら世を去ってから五十年あまり後のこととして、笹町家の縁者である長沼家に伝わる話がある。当時、長沼家は仙台の片平丁に屋敷を構え、笹町家ゆかりの女が妻として入っていた。ある日、修験者らしい旅の僧が門の前を通りかかり、赤子を抱いた子守娘に愛想よく話しかけていたが、その子の母が笹町家の身内だと聞いたとたん顔つきを変えて立ち去った。すると赤子も母親も急に苦しみだし、悶え死んでしまった。家の人々は、法印の執念がいまも晴れていないのかと驚いたという。
原典より
家人は、法印の妄執が今なお晴れぬのかと、おどろいたということである。—— 宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ)
『宮城県史 民俗編』は宮城県の県史の民俗編で、ここに収めるのは茂木徳郎が執筆した章「妖怪 幽霊」である。山・道・木・水・海・雪・家など出現の場所による分類に沿って妖怪変化を論じ、幽霊とヒトダマ・死霊・生霊の観念を考えたうえで、県内の妖怪・幽霊・動物変化の伝承を郡・町村名を添えて集める。序説・本論・事例篇・参考の順に並び、序説では昭和二十四年の迷信調査と昭和三十年のNHK仙台中央放送局の調査にも触れる。