播磨屋橋の絵を貼った大晦日の屏風
どんな伝承か
借金の工面がつかないまま年の瀬を迎えた絵師小龍は、大晦日の朝、唐紙に絵を描き、その下に竹林寺の元僧純心がお馬にあてた手紙を添えて、借金の覚えが書き込まれた屏風の上に貼りつけた。掛け取りに来た米屋の亭主は、絵の橋が播磨屋橋で、坊主とお馬がさらし者にされた場面だと気づいて面白がり、一円で写しを描いてくれと頼んだ。その夜、亭主に連れられて来た好事家四人も金を出して写しを求め、小龍の家では除夜の鐘が鳴るまでヨサコイ節が歌われた。筆者はこの小龍の暮らしを創作だと付記している。
原典より
『小龍さん、あの繪はなんでございます、あの橋は播磨屋橋ちゃありませんか、どうも播磨屋橋ぢや、…—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。