五色の雲の道で聖徳太子に会った侍者
どんな伝承か
『日本霊異記』によると、推古天皇の時代、難波に住む屋栖古の連の公という聖徳太子の侍者が、太子の死の四年後に亡くなった。亡骸は死臭を放たず、よい香りがしたという。三日たって彼は生き返り、妻子にあの世の様子を語った。虹のような五色の雲が北へ延びており、名香のような香りの漂うその雲の道を進むと、道ばたに顔が照り映えるほどの黄金の山があった。そこには亡き太子が待っていて、共に頂へ登った。頂の僧は、八日後の夜に鋭い刃に遭うから仙薬を飲めと言い、腕輪の玉を一つ解いて呑ませた。太子に早く帰って仏を作る場所を清めよと言われ、来た道を戻ると目が覚めたという。
原典より
三日間死んだ状態だったが、突然生き返ったのである。—— 臨死体験(立花隆)(立花隆・臨死体験・ノンフィクション) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
臨死体験(立花隆)(立花隆・臨死体験・ノンフィクション)
『臨死体験(立花隆)』は、立花隆が著したノンフィクションである。一九九一年三月放送のNHKスペシャルのための取材を出発点に、日本と欧米の体験者の証言、キュブラー・ロスやムーディら研究者への聞き取り、「文藝春秋」連載中に寄せられた体験談を収める。体外離脱、光の体験、文化による体験の差、感覚遮断や脳の仕組みを章ごとに論じ、末尾で現実体験説と脳内現象説を比べたうえで、著者は基本的に脳内現象説に立つと述べる。