毎夜病室に来る軍馬の幻
どんな伝承か
水上勉は入院中、毎晩眠る前に飲まされる薬のせいでさまざまな幻を見た。中でもよく現れたのが照銀である。二十五歳で召集され伏見で輜重輸卒を務めたとき世話をした栗毛の若馬の名で、導眠剤を飲むとすぐに姿を見せた。大きな体でどうやって警戒の厳しい看護室の前を通ったのかと尋ねると、手は打ってあります、と答えてベッドの脇に女ずわりをする。去勢されていたので足を斜めに折って座る格好が艶っぽく、丸裸であるだけに気味も悪かったという。検温に来られるとこちらまで恥ずかしくなった。杵ほどの顔がすぐそこにあり、唾の飛ぶ様子や鼻の中の湿りまで見え、鼻息がかかるほど生々しい。しかも日本語で長々としゃべるのだった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
証言・臨死体験(立花隆・臨死体験・ノンフィクション・1996年(平成8年))
『証言・臨死体験』は、立花隆が文藝春秋の雑誌『クレア』に連載し、一九九六年に単行本として刊行した臨死体験の証言集である。俳優の安田伸、作家の水上勉、彗星探索家の木内鶴彦、プロレスラーの大仁田厚、映画監督の羽仁進など、病気や事故で死の淵に臨んだ二十三人の体験を、本人や家族からの聞き取りで記録する。各章は人物の略歴と前置きに続けて問答形式の談話を載せ、本人の著書や手記からの引用も交える。