謎の神屋敷綾部へ初めて向かう
どんな伝承か
大正七年十一月、大本教に凝り始めた妹が家出して京都府綾部へ走ったと聞いた滝川辰郎は、十一月二十九日、妹を連れ戻すため綾部駅に降り立った。翌日、大本の道場「金竜殿」で浅野和三郎の講演を聞いた後、実修希望者への鎮魂の行法に加わったところ、両手が勝手に震え出し、審神者に促されるまま『ウシトラノコンジンサマ』と口走り、最後には体が前にのめって畳の上に平伏してしまったという。
原典より
私は今、人意か神意か、大正の日本では珍らしい結髪人種の屯する、謎の神屋敷に飛び込んで来たのでした。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。