祀ってから腎臓病が全快
どんな伝承か
田中みつは笠井鎮夫の問いに答え、田中家は彦作・清作・彦三郎と続いて自分の代になったこと、昔この家に札が降ったことは祖父清作の口から何度も聞いたが、三枚の札が古箱に納められていたことは祖父自身も知らなかったろうと語った。今の家は六十年ほど前に建て替えたもので、札が降った家ではないが、建っている場所は同じで間取りもほぼ同じだという。そして自分の病気については、山蔭の指図に従って宮に納め鄭重に祀り始めてからというもの、神の御心にかない先祖も満足したのか、持病の腎臓病がすっかり治ってしまったと語った。
原典より
今は村櫛町の田中一族によって朝夕礼拝されているとのことである。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。