二子山を昼に通った千人の幽霊
どんな伝承か
木室卯雲の随筆『奇異珍事録』に載る話。鎌倉の鶴岡八幡宮を修復する材木を受け取りに駿河の清水港へ向かった山下幸八郎という者が、道中で聞いたこととして、七月十六日の昼八つ時ごろ、箱根の二子山を千人ほどの幽霊が幡や天蓋を掲げて通り過ぎ、峠の人々もみなそれを見たと書き留めた。十四年後、京都の普請に出向いた著者が箱根の人足に確かめると、その年は地震で道筋が変わり湖水まで干上がるなど怪しいことが続き、七月十八日の昼八つ時ごろ、たしかに大勢の幽霊が二子山を通ったと答えたという。夜に出るはずの幽霊が昼に千人も現れた珍しい例として記されている。
原典より
千人の幽霊が昼あらわれる話は、『奇異珍事錄』が書きとどめている。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。