上皇の心を察して身を引いた葵の前の死
どんな伝承か
『平家物語』が語る悲話の一つである。治承五年に二十一歳で世を去った高倉上皇は、のちの建礼門院となる中宮に仕えていた葵の前という女を愛していた。しかし世間の非難をはばかって、やがて召し出すことがなくなった。その胸の内を察した葵の前は自ら御所を退いたが、重い病がつのり、ついに亡くなってしまったという。著者はこれを、平家一門に怪異と破滅が続いた治承年間の出来事と並べて挙げ、〈葵〉という名を持つ女の哀れな最期として記している。
原典より
この高倉上皇が愛していたのは、のちの建礼門院たる中宮に召使われていた葵の前という女であったが、世間の非難をはばかって召すことがなくなった御心を察して、…—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。