恋の病で死んだ恨の介の恋慕
どんな伝承か
仮名草子『恨之介』の筋による。慶長九年の夏の末、京の清水寺は千日詣の人出でにぎわい、関東から来た伊達男の葛の恨の介は、浮かれ騒ぐ参詣の群れをひとり寂しく眺めていた。そこで見初めたのが、深窓に暮らす少女の雪の前である。めったに会えぬ相手とようやく一度だけ思いを遂げたものの、その後は逢う瀬がかなわず、恨の介は恋わずらいに倒れ、切々とした恋文を書き残して死んでしまう。著者は、彼の恋慕の念が死の世界から現れて雪の前を取り殺したのだと読み、恨の介を死の使者のような男とみている。
原典より
やっと忍びあいその思いをとげるのだが、その後の逢う瀬はかなわず、ついに恨の介は恋の病にとりつかれ、雪の前への切々の思いをつづった恋文を書き、ついに空しく世を去ってしまった。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。