聖武天皇の三つの唐臼
どんな伝承か
奈良の町名は現在五百余りあり、歴史や位置、社寺、豪族名など、それぞれに由来を持っている。そのうち三碓町の名は、聖武天皇が狩りに来られたとき、飯米を搗くのに三つの唐臼を用いたことに由来するという。三つの唐臼が詰まって「ミツカラス」となり、それが三碓になったと伝えられている。現在も三碓の根聖院に、三つの窪みのある石が残されている。
原典より
聖武天皇が狩りに来られたとき、飯米を搗くのに三つの唐臼を用いた。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。