亡き娘の文函から出た朝顔の種
どんな伝承か
文化十二年、湯島手代町の御普請方の武士岡田弥八郎に、せいという十四歳の一人娘があった。和歌を好んで下谷の白容斎に習い、師に褒められた歌を母に見せて喜んでいたが、その年の冬、ふとした風邪がもとで世を去った。翌年の秋、母が娘の使い慣れた文函を開けると朝顔の種が出てきた。一つ一つ小さな紙に包まれ、これは絞り、これはるりと花の色が娘の筆跡で丁寧に書いてある。母は娘の志を果たさせようと鉢に播いて育てたが、葉も蔓も伸びるのに蕾さえ付かない。ある日うつらうつらしていると娘の声で「花が咲きました」と告げられ、庭に出ると鉢の朝顔が見事な一輪を付けていた。以後この朝顔は昼も夜も咲き、一日中しぼまなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。