敗戦と大審院の無罪確定
どんな伝承か
年譜は、昭和二十年八月十五日の敗戦と、九月八日に大審院で治安維持法違反の無罪が確定したことを記す。本文によれば、敗戦の日、王仁三郎は中矢田農園の自宅に詰めかけた信者に冗談を飛ばし、次はアメリカとソ連だと予言した。大審院の法廷は小石川小学校で開かれ、検察の上告を退けて王仁三郎らの無罪を確定させた。著者は、事件から最終決着までの九年九か月が、太平洋戦争の開戦から講和までの年月と同じだと指摘している。
原典より
敗戦後まもない昭和二十(一九四五)年九月、小石川小学校で開かれた大審院法廷は、検察側の上告をしりぞけ、王仁三郎らの無罪は確定した。—— 出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元)
『出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』は、武田崇元が著した、大本の出口王仁三郎の予言をめぐる解説書である。開祖出口ナオの神憑かりと王仁三郎の生涯をたどりつつ、日露戦争から太平洋戦争・敗戦に至る予言や、発禁とされた予言詩『瑞能神歌』、『霊界物語』の記述を取り上げる。予言と二度の大本弾圧を軸に歴史との符合を論じ、秘章で入蒙や出生をめぐる謎を扱い、巻末に年譜を付す。