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崇徳院の怨霊を鎮める白河の廟

所在地京都府京都市左京区
年代伝承
登場北条泰時、後嵯峨天皇、語り手、伝承者、祟りで死んだとされた執権、祟りで崩じたとされた天皇
出典河童・天狗・妖怪――民俗随筆

どんな伝承か

保元の一戦に端を発した源平の軋轢はついに世を動乱の渦中に陥れたが、これは不遇のうちに崩御した崇徳院や、保元の挙に加盟した宇治左大臣頼長の霊魂の祟りによるものと信じられた。後白河法皇は故院などの霊を鎮めるため、白河中御門の東、春日川原の北に廟を建てた。源平対陣中の寿永二年十一月のことである。次いで承久の変では、隠岐へ流され怒りを含んで崩御した後鳥羽院の怨霊がすさまじく、三浦義時や北条時房ら関東方の武人が相次いで死に、執権北条泰時の薨去や後嵯峨天皇の崩御もその祟りと考えられた。祇園や紫野、北野で行われた御霊会も、荒ぶる怨霊を鎮めるためであったという。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・1956年(昭和31年))

『河童・天狗・妖怪――民俗随筆』は、武田静澄が昭和三十一年に著した民俗随筆である。天狗と神かくし、河童、座敷わらし、山の神と山の妖怪、狐狸とつきもの、水辺や海の亡霊、死霊と御霊などをめぐる伝承を、『今昔物語』などの古典の説話と各地の民俗の事例から集めて語る。短い見出しを立てた小文を連ねる形をとり、神かくしにあう心理や幻覚、お化けの心理にも触れて、妖怪を信じる心のはたらきを考える。

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