突然イワキヌシと名乗った別の意志
どんな伝承か
大正一二年、荒深道斉は兵庫県の西宮へ移り、自己流の鎮魂を続けながら友清歓真の著書を読み、教えを受ける機会をうかがっていた。大正一三年の夏、長沢雄楯の高弟とされる若林耕七に出会って神懸かりの式を頼むと、すでに帰神の状態にあるから審神者となって神を出してみようと言われた。作法どおりに坐って名を問われると、荒深自身が驚いたことに、自分とは別の意志がいきなりイワキヌシと名乗った。別の箇所によれば、それから十数日のあいだ毎朝その前に坐っては帰神の状態となり、ただ不思議に思うばかりで日を送ったという。以来、帰神による霊言などの霊異がたびたび現れるようになった。なお別の書では、この霊名をイワヰヌシと記している。
原典より
そこでその前に形式通りに坐すと、名を尋ねる審神者の問い対して、荒深本人が驚いたことに、自分以外の意志が突如「イワキヌシ」と名乗った。—— 鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学)
『鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論』は、津城寛文が著し、春秋社から刊行された宗教学の研究書である。本田親徳・出口王仁三郎・浅野和三郎・友清歓真・川面凡児・田中治吾平・宮地水位など、近代以降の神道界とその周辺に現れた鎮魂行法家の系譜をたどり、その鎮魂帰神説や霊魂観をシャーマニズム研究の観点から整理する。序章と全七章からなり、第一章で行法家の群像を描き、第七章では「宗教的身体境界」の考え方によって鎮魂行法を類型化する。