寒夜に狐へ馳走を配る野施行
どんな伝承か
西近畿に多い狐施行の例として、大阪の桃山ではこれを野施行、なまってノーセンギョウといい、寒のあいだ毎晩数十人がご馳走をこしらえ、大声で呼ばわりながら町内を歩いたという。堺市の近辺でも、以前は寒になると「センギョ、ノーセンギョウ」の声が毎年聞かれ、何のためかと問えば、狐を探してご馳走してやるのだと答えたという。神戸市の近辺でも、狐の好む赤飯や三角の油揚げを持って寒夜に諏訪山稲荷へ向かう提灯が見られ、狐のいそうな所に供え物を置いて帰ると、船寺の森などではあとで狐が出てきて食べる音がばさばさと聞こえたという。
原典より
西近畿に残る狐施行については、既に少なからぬ報告があるが、たとえば、大阪の桃山ではこれを野施行といい、ノーセンギョウとも訛り、寒の期間中、毎夜数十人の者が、ご馳走をこしらえて、…—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。