清水に映った大蛇の姿
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
井殿盲目の子孫は上幅の高山に広い屋敷を構え、掃部の代を迎えた。屋形二十二棟、文庫四十八棟、使用人三百六十余人という栄えぶりであったが、女房は情がなく、下僕を昼夜休ませず二間の柱を枕にさせて働かせた。正元元年の大凶作に長者は倉を開いて人々を救ったが、女房はこれを惜しんだ。ある日、下女の捕えた鯉を一人で味噌煮にして食べてから咽喉の渇きが止まらず、高山の清水で水を飲むうち水面に映った姿は角が生え鱗の生えた大蛇であった。女房は屋形に火を放ち、止々井の深泥ヶ池に躍り込んで姿を消したという。
原典より
以後井殿盲目の子孫は、上幅村(水沢市)の高山に広い屋敷を構え、掃部の時代を迎えていた。—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
種別から探す
奥州市の伝承
広告枠(AdSense)