止々井ノ沼に立った黒雲
どんな伝承か
郡司の兵衛吉実は多忙で好きな釣に出る日もなかなか作れず、久々の釣の前夜は興奮して眠れなかった。朝寝坊して支度を整え、誘ってくれた覚之丞とともに馬を進めて一刻足らずで止々井ノ沼の辺に出る。沼にはまだ朝霧が残り、洲の茂みから鳥の声が聞こえていた。舟へ下りかけたとき一同は軽い震動を感じて立ち止まる。沼の西北に黒雲が立ち、見る間に水面を包み、生臭い風が吹いて波が荒れた。荒れは一刻でおさまったが、船頭の茂平は沼の主の大蛇が贄を求める一月ほど前にはこうした異変が続くと言った。吉実は今日が七月十四日だと気づいて黙り込んだ。
原典より
諸事多く、毎日仕事に追われている郡司の兵衛吉実は、好きな釣に行く日をつくることも容易ではありませんでした。—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。