法華経に崩れた大蛇の角
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どんな伝承か
吉実の妻は小夜姫の美しさに贄とするのを哀れんだが、姫はすでに察していて自ら贄となることを承知した。当日、湯を浴び化粧を終えた姫は馬で屋敷を出る。途中の丘から止々井ノ沼を望み、そこは後に見分森と呼ばれた。姫は森の祠堂に守り本尊の瑠璃光薬師如来を納め、清い流れで手足を清めた。その川は垢川、足場にした石は垢取り石と呼ばれるようになる。四本柱の櫓に上ると沼から二十丈余の大蛇が現れたが、姫は法華経五巻を読誦して経を振りかけた。十六の角は崩れ落ち、大蛇の姿は消えて一人の女が立っていたという。
原典より
翌日吉実の妻は、小夜姫が余りにも美しいので、大蛇の贄にすることを可哀相になりました。—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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