角塚となった大蛇の角
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どんな伝承か
大蛇は元の女の姿に戻り、高山の掃部長者の妻であったこと、この地に住んで九百九十九年、九百九十九人の女を食ったことを語り、姫のおかげで成仏できると涙を流した。女は十六の角で二つの筏を組み、姫を乗せて北上川へ出ると、自らは江刺へ参り角懸白山権現となった。吉実は岸に残る角を拾い集めて塚を築き、これを角塚と名づけて今に伝える。姫は七日七夜で松浦に着いたが母は狂って盲となっており、法華経を振りかけると正気に戻り目も開いた。姫が途中で納めた仏像は後年掘り出され、化粧坂薬師如来として祀られたという。
原典より
女は静かに小夜姫の前に座ると深く頭を垂れました。—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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