狐に化かされる不動坂
どんな伝承か
大正末頃の不動坂の付近は樹木が茂って昼なお暗く、通行人の肝を冷やす寂しい所であった。坂の分かれ道には老松と石碑二基があり、一基は文久元年に講中二十八人が建てた不動尊塔で、俗におふどうさまと呼ばれる。ある真昼、都鳥から畑へ向かった男が林の中で半裸で踊っているのを友人が見つけ、正気に返らせると、酒瓶を提げた親友に誘われて酒宴をしたと言う。狐にやられたのだという。昭和には、急ぐ女が坂で村をはるかに越えた所まで来ていたこともあった。坂の清水の恩恵を受ける集落には火事が起こらないと伝えられていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。