古文書を手にした調停役の不首尾
どんな伝承か
村八分を受けた一門は、以前に役所が人狐禁圧の御触書を出して騒ぎが収まったことがあると聞き、その古文書を探して、別府村の宇野市正が持っていることを突き止めた。宇野は、古文書を盾に役所へ訴えれば村役人を飛び越す越訴の大罪になるうえ、海を渡っての裁判は金も時間もかかる、自分に任せよと言い、役所の内意も得ていると告げた。一門が村八分の解除を条件に任せると、宇野は村と掛け合ったが、村方は喧嘩口論をしたこともないのに和睦など要らないと言い張り、願成寺や代官屋も人狐の祈禱などしたことがないと否定した。宇野は面目なさそうに手を引き、調停は実らなかった。
原典より
「村方にいろいろかけあつたが、村方からは、人狐組合のものと喧嘩口論したことがない以上和睦など不必要であるとの返答を受け取った。—— 憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版)
『憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、昭和三十一年に書き加えて新版とした研究書である。出雲・隠岐を中心とする山陰の狐持ちなど、家筋に結びつけられた憑きもの迷信を、法務局が扱った人権事件、藩の触書や村の古文書、加茂町の世帯調査から集めている。狐持ちの家に生まれた著者の体験から説き起こし、江戸中期以降の新興地主への反感に起こりを求める。柳田国男が序を寄せている。