小幡神社で聞いた西北への神の声
どんな伝承か
長沢雄楯のもとで小松林命がかかると判じられた喜三郎だったが、故郷の穴太では、乳牛の仕事を放り出して拝み屋のまねを始めたと悪い評判が立つばかりだった。苦しんだ喜三郎は、真夜中に産土の小幡神社へ出向いて社頭にぬかずき、祈りを重ねた。ある夜、西北を指して行け、お前を待っている人がいる、という神霊の声が耳の底に響いた。紛れもない小松林命の声だった。喜三郎は誰にも相談せず、その言葉だけを頼りに西北へ当てのない旅に出て、やがて出口ナオに出会うことになったという。
原典より
ある夜、いつものように祈っていると、神霊の声が耳底にひびいてきた。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。