筆さきを字義どおりに守る信徒たち
どんな伝承か
大本開創の当初、草深い丹波の純朴な信徒たちは、ナオに降る筆さきの言葉を絶対のものとして文字どおりに信奉した。「この世は暗がりであるぞよ」と示されれば、その真意を解する力もなく、真昼間から提灯に火をいれて歩いた。「みちのまん中をあゆみて下されよ」と出れば、大道の中央を是が非でも押し通り、突き当たった馬車のほうをよけさせて「神の力はこんなものじゃ」と誇った。「イロハ四十八文字で世を新つにいたす」と出れば、横文字はもちろん漢字すら使ってはならぬと受け取った。言葉の奥の意味を汲む才覚はなく、一事が万事その調子であったという。
原典より
当時は、乗物としてはせいぜい馬車が走るぐらいなものではあったが、その馬車に突き当たっても、信徒たちはけっして避けようとしない。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。