王仁三郎の掛軸や装束を焼く信者
どんな伝承か
すみの上申書には、反対派の役員や信者たちが王仁三郎を外国の身魂と決めつけていた頃のことも書かれている。彼らは王仁三郎の後をどこまでもつけ回し、あの人の言うことは聞くなと触れ歩いたので、信者は次々に減った。さらに立替えだと称して古くからの信者の家々を回り、王仁三郎の書いた掛軸を残らず取り上げて棒で担いで持ち帰り、すべて焼いてしまった。王仁三郎の装束も、彼が着て帰った洋服も外国の人の物だとして焼き、大事な証文まで火にくべた。すみ自身も、外国と日本の戦いだと思い込んで手伝ったと述べている。
原典より
立替えじゃと言いまして、昔からの信者の家に参りまして、先生の書きました掛軸もみな取り上げて棒で荷うて帰りました。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。