箒で叩かれ塩をまかれた王仁三郎
どんな伝承か
初期の純朴な大本の信徒たちは、突然現れて教団に入ってきた王仁三郎を、神の仕組みによる仇敵、あるいは曲津神を背負ったやっかいな人物と見た。彼をスサノオの霊系、A項に対するB項の霊を背負う者とみなし、その改心こそ当面の急務と考えていたようだ。そのため王仁三郎はケモノ扱いされ、憎しみが高じて箒で叩いたり、塩をまいたり、痰唾を吐きかけるというひどい仕打ちを受けた。狂信的な度合いの強い集団は往々こうした状態を呈する。王仁三郎のほうも俗物のように体裁をつくろわず、ナオの筆さきにすら遠慮ない批判をくだしたという。
原典より
したがって、当時の信徒たちから彼はケモノ扱いされ、その王仁三郎に対する憎しみがこうじて、箒で叩いたり塩をまきつけたり、痰唾を吐きかけるというひどい仕打ちとなって現われた。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)
『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。