難波が池に身を投げた皆鶴姫
どんな伝承か
軍学者鬼一法眼の娘、皆鶴姫は、源義経を慕って都から奥州へ下ってきた。義経は鬼一法眼の秘蔵する兵書「六韜三略」を見たいと願ったが許されず、一計を案じて娘に近づき、ひそかに持ち出させたのだという。姫は義経が頼朝に追われて奥州へ落ちたと聞き、一子帽子丸を背負って会津まで後を追った。若松西の柳原まで来たとき、背の子は病で死んでしまう。村人は哀れんで手厚く葬り墓碑を建て、道わきの沼を帽子沼と名づけた。姫はさらに藤倉村まで歩き、村人に義経一行の行方を尋ねたが、もうあの山を越えて出羽へ行かれたと嘘を教えられた。力を落とした姫は、藤倉の村東の難波が池に身を投げ、若い一生を終えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。